DANCE in the Tropics

自分の人生は、未来は、自分でデザインする。悩みを勇気と行動に変えるコーチング

「断捨離」で人生を変える(1)ー買い物編ー

こんにちは。「悩みを勇気と行動に変えるコーチング」の中の人、ふみのです。
 
自分が断捨離という言葉と出会って3年になります。きっかけは一冊のこの本だったのですが、誰でもできることを身をもって体感し、「片付け術」を軽々と超えたところにある、その理論の奥深さに魅了され、今では勝手に「自称ダンシャリスト」を名乗っては、モノの多い親世代を中心にせっせと布教活動をしております(笑)
 

「断捨離」=「とにかく捨てる」にあらず! 

こんまりさんの片づけの理論も好きなのですが、断捨理は捨てて終わり、片付けて終わりではありません。自分とモノとの向き合い方から始まり、自分と他人、ひいては自分の人生と向き合うことにつながっているため、人生を見つめるヒントを捜していた自分にとっては、やましたひでこ氏の理論が感性のレベルで「しっくり」きました。ただ、「自分軸で動く」「自分の感性に従う」という根っこの部分で、こんまりさんの理論と断捨離は共通しています。
 
さて、断捨離と聞いて「モノに溢れた家に住む主婦が、泣きながら大量にモノを捨てる」というTV番組のイメージをお持ちではないですか?
ここでは断捨離とはなんぞや、について詳しく述べることはせず、手っ取り早く、私が断捨離に目覚めて今日までに、意識レベルで「変わったこと」を書いてみたいと思いますので、ご参考になれば幸いです。まずは、我々とモノとの最初の接点である「買い物編」から書いてみます。 
 
 

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流行りだから、買う? 

お店で、ある服を手に取ったとしましょう。
今のあなたはどちらの気分ですか?
流行りだから、同性・異性ウケが良さそうだから、欲しいのか(他人軸)、柄やデザインに心から惹かれるから・着た時の自分を想像しただけでワクワクするから欲しいのか(自分軸)。
これが売り場でも自問自答できるようになって、無駄な買い物は本当に減りました。もちろん、その年にたまたま流行っている柄やデザインが、ものすごく自分の好みだったから、結果的に買った!というケースはあります。でも、何となく出かけて、自分軸に従った結果、何も買わずにデパートを後にしたときの爽快感もたまりません(笑)。
 「自分軸に従った!」という自己満足は、つい何となく買ってしまった、大量の紙袋と共にデパートを後にする時の一時的な充足感よりも、はるかに気持ちが良いものです。
 

安いから、セールだから、買う?

断捨離で自分のモノと向き合ううちに、セールなどの安売り時に買ったモノの多くは、手放すまでの時間が早いことに気づきました。その違いは結局、本当に欲しかったから買ったのか、「セール品」というお得感を味わいたくて買ったのか、というところに突き当たります。定価であっても、本当に心から気に入って買ったモノ(特に服など)は、かえって大事に長く使うようになったケースが多いのです。
 
オマケや「全員にプレゼント!」な景品の応募シールのために、たいして飲みたくもないジュースやパンをせっせと買うようなこともなくなりました。
本当にそのお皿が必要なのか、
ポイントを溜めてゲットした物!というネタが欲しいのか、
欲しいものの為に、コツコツためた自分ってすごい!と思いたいのか、
を自問自答していくうちに、自然とやらなくなります。
 
また、1週間単位で繰り返し買いに行くような、頻繁に消耗するもの以外は、まとめ買いをしなくなりました。
例えば、1個400円のものが、3個で1000円!とか言われても、1個買えば済むところを、3つも買って結局1000円も払っている、という思考になります。「ケチ」と言われようが、それでお金と収納スペースの節約にもつながるんだし、自分軸で決めたことなんで、他人が何を言おうが気になりません。
 
旅行先でも散財しなくなったのも大きいです。その土地に一軒しかない土産物屋だろうが、免税店だろうが、せっかく来たんだから、という気持ちをコントロールでき、本当に欲しいものがある時だけ買うようになりました。さらに、人へのお土産についても「この人にはこれをあげたい!」というモノ以外、一切買わなくなった。お付き合いや休暇への罪滅ぼしのように買う「会社へのお土産」も、一切なくなりました。
 
でも・・ケチと思われたり、言われたりするのが嫌だって?なるほど。社会・他人の目や声に惑わされず、「自分の感性に従い、自分で決める」ことができるようになる「自分軸」が強靭になってくると、人間関係の断捨離もできるようになってくるんですが、そのコツについては別の回で書きますね。
 

「一生モノ」にこだわらない 

気に入ったモノだけを長く使うようになった一方で、「一生モノを選ばなくては」という考えにとらわれなくなったことは大きいです。年齢やライフスタイル、周りの環境が変わっていけば、自分の価値観も変化し、好みも変わってくるのが自然。なのに、自分の持ち物の全てを今「一生飽きずに使えるモノ」にしようとすると、品質にこだわって高い出費になるだけでなく、デザインも無難すぎて面白くなくなってしまい、結局飽きて、使わなくなってしまうんです。いつの自分の為に買ったのかわからないし、これではあまりにも勿体ない。
 
今年、ガチで気に入って買ったスーツやワンピースは、来年飽きているかもしれないけど、それも自然なこと。来年は来年の自分が、そのとき心から欲しいものに出会っているかもしれないのです。それでいいじゃないですか。「今、自分が好きなもの」を今、思う存分使ったり、着ている自分のほうが幸せなのは確かです。
 
 
また、「一生モノ」と並んで、「高かった物」「ブランド物」は、使っていないのに手放せないことがあります。何度となくクローゼットから出してみたけど、手放すには踏み切れない。その原因は、「今、これを手放したら、自分は二度とこのような素晴らしい物を手に入れられないかもしれない」という勝手な思い込みで、自分の未来を勝手に暗くしていることだと気づきました。
 
正直なところ、今の自分でも、毎回サクサクといけるものではないです。が、この考えのクセに気づいてから、「高かったか否か」ではなく、使うのか・使わないのかの判断で、手放すか、持ち続けるかを短時間で決めることが出来るようになり、悩む時間が確実に減ったと感じています。実は、この「悩む時間」がクセもの。悩むことは脳のエネルギーをすり減らしますが、決断までのスピードを早めていけば、脳のエネルギーを他のことに使えるというもの。この決断力とその速さが、捨てる捨てないだけでなく、生活の色んな所に活かされてくるんです。
 

モノの断捨離から、人生の断捨離へ

ミもフタもない言い方ですが、長い目で見れば、この世の全てのモノは消耗品です。それが数日なのか数十年なのか数世紀にわたるのか、という違いだけ。持ち主である人間は、常に変化しているのですから、「持ち続けるか、手放すか」という選択肢は、常にあって当たり前だし、そこで素直に向き合えるようになることが、断捨離の目指すテーマの一つでもあると思っています。
 
それは必ずしも「モノ」にとどまらないところが、断捨離。モノで出来るようになると、人間関係や生活、人生への考え方にも応用できるようになるのが、断捨離の奥深いところ。私は今でも断捨離中ですし、まだ「極めた」だなんて思っていないし、これからも続けていきます。断捨離は、一度やってハイ終了、ではありません。点ではなく線でやっていくもの、続けていくものなんです。私は、モノから断捨離を始めて、マインドが少しずつ代わり、人生もこれまでになく大きく動き始めました。そこに年齢や性別は関係ないと思っています。
 
断捨離を通して私が変わった「モノ以外」の部分についても、これから少しずつ書いていこうと思います。が、まず御大の本を先に読んでみたいという方は、冒頭で紹介したこちらをどうぞ。写真や例が多くてオススメです!